歴代横綱

第70代横綱・日馬富士公平誕生!

 去る9月26日、平成24年度の名古屋場所・秋場所を2場所連続で全勝優勝した日馬富士公平が横綱に昇進した。初代の明石志賀之助から数えて70代目、外国出身としては5人目の横綱である。

 大宅壮一文庫の索引では70人の横綱全員の人物名項目が揃っている。土俵入りの型の由来となった雲龍・不知火やKONISHIKIではない初代小錦八十吉、最多連勝記録の双葉山など元禄時代からの横綱の名がすべて並ぶ様を見ていると、まさに国技とあらためて感じられる。「巨人・大鵬・卵焼き」としてテレビ時代のヒーローだった大鵬が48代目で、現在から20人しか遡らないのだ。

 歴代横綱と外国出身力士の人名索引件数ランキングを掲載した。是非ご来館いただき、あらためて日本の国技・大相撲の歴史を振り返ってみてはいかがでしょうか。

(敬称略)

歴代横綱人名索引ランキング

2012年9月調査

順位 人物名 在位期間 件数 コメント
1 貴乃花光司 (65代・平成 7年1月~平成15年 1月) 2,577 “平成の大横綱"小泉純一郎元首相が「感動した」平成13年夏場所はヒザの負傷に耐え決定戦で武蔵丸を破った。引退後は一代年寄貴乃花となった。
2 若乃花勝 (66代・平成10年 7月~平成12年 3月) 1,511 “お兄ちゃん"弟の貴乃花と共に若貴ブームで相撲人気に貢献した。現在は角界を去り、実業家・タレント活動などで活躍。花田虎上
3 朝青龍明徳 (68代・平成15年 3月~平成22年 1月) 1,173 モンゴル出身初の横綱。外国人力士の優勝回数では25回で最多。土俵内外でのトラブルから、品格問題も取り沙汰された。
4 曙太郎 (64代・平成 5年 3月~平成13年 1月) 828 ハワイ・オアフ島出身。外国人初の横綱。若貴兄弟と激しい出世争いを繰り広げた。現在はプロレスラーとして活躍。
5 千代の富士貢 (58代・昭和56年 9月~平成 3年 5月) 507 “ウルフ"大鵬に次ぐ歴代2位の優勝回数(31回)を誇る。相撲界でただ一人の国民栄誉賞を受賞。平成3年夏場所で当時10代の貴乃花に敗れて引退した。
6 輪島大士 (54代・昭和48年 7月~昭和56年 3月) 438 学生横綱が鳴り物入りで角界へ。21場所での横綱昇進は戦後最短。左から放つ下手投げは“黄金の左"と呼ばれた。廃業後プロレスラーとしても活躍した。
7 北の湖敏満 (55代・昭和49年 9月~昭和60年 1月) 403 「憎らしいほど強い」と言われ、輪島とともに「輪湖時代」を築く。21歳2カ月での横綱昇進は最年少記録。引退後一代年寄北の湖。現相撲協会理事長。
8 白鵬翔 (69代・平成19年 7月~ ) 381 モンゴル出身の現役横綱。22回の優勝は貴乃花に並ぶ。双葉山の連勝記録には6届かなかったが、年間最多勝・連続優勝・全勝優勝回数記録を誇る。
9 双羽黒光司 (60代・昭和61年 9月~昭和62年11月) 370 双葉山と羽黒山にちなんで春日野理事長が命名したほど期待が大きかったが、一度も優勝経験がないまま引退。北尾光司としてスポーツ冒険家に転身。
10 若乃花幹士2代 (56代・昭和53年 7月~昭和58年 1月) 335 甘いマスクと人なつこい笑顔で女性ファンを魅了した若三杉。横綱昇進で師匠の四股名を受け継ぐも土俵外のトラブルやケガ、病気に泣かされ29歳で引退。
11 若乃花幹士初代 (45代・昭和33年 3月~昭和37年 3月) 281 “土俵の鬼"
栃錦とともに「栃若時代」で一世を風靡。弟は大関貴乃花。若貴兄弟は甥。二子山 親方としては2横綱2大関を育て、理事長にもなった。
12 大鵬幸喜 (48代・昭和36年11月~昭和46年 5月) 250 “巨人・大鵬・卵焼き"の言葉も生まれた国民的スーパースター。32回の優勝は現在でも最多記録。その功績を称えられて一代年寄を送られた。
13 武蔵丸光洋 (67代・平成11年 7月~平成15年11月) 184 同郷の曙に次いで2人目の外国人横綱に。上野の西郷隆盛像にソックリで「マルちゃんスマイル」とともにファンに親しまれた。
14 北の富士勝昭 (52代・昭和45年 3月~昭和49年 7月) 167 現役中に出したレコード「ネオン無情」は50万枚を超える大ヒット。九重親方として千代の富士、北勝海を育てた。
15 栃錦清隆 (44代・昭和30年 1月~昭和35年 5月) 159 “マムシ"戦後の相撲黄金時代を築いた立役者。“名人横綱"と賞賛された。引退後は春日野を襲名し7期14年間理事長を務めた。
15 大乃国康 (62代・昭和62年11月~平成 3年 7月) 159 体重200キロを超える巨体で話題を呼んだ。現在では芝田山親方を名乗るが、メディアでは「スイーツ親方」といった方が有名かもしれない。
17 北勝海信芳 (61代・昭和62年 7月~平成 4年 3月) 109 兄弟子の千代の富士とのぶつかり稽古は熾烈を極め、平成元年名古屋場所では同部屋優勝決定戦を行った。八角親方として日馬富士に横綱昇進を伝えた。
18 隆の里俊英 (59代・昭和58年 9月~昭和61年 1月) 102 糖尿病と闘いながら30歳で綱を張った“おしん横綱"。松戸市に鳴戸部屋を興し新世代のホープ稀勢の里を育てるが、大関昇進の知らせを待たずに急逝。
19 柏戸剛 (47代・昭和36年11月~昭和44年 7月) 98 ライバル大鵬とともに横綱に昇進。“柏鵬時代"を築き上げた。ケガや病気に悩まされ実績では大鵬に水を空けられたが、対戦成績ではほぼ互角だった。
19 旭富士正也 (63代・平成 2年 9月~平成 4年 1月) 98 “津軽なまこ"大学を中退し大島部屋入門までは故郷青森で漁師をしていた。平成最初の横綱。伊勢ヶ浜親方として日馬富士を育てた。
21 三重ノ海剛司 (57代・昭和54年 9月~昭和55年11月) 93 大関のころケガで一度陥落、横綱昇格は31歳。在位わずか8場所だったが連続優勝するなど太く短く燃焼した。引退後は武蔵川を名乗り、武蔵丸を育てた。
22 双葉山定次 (35代・昭和13年 1月~昭和20年11月) 92 不滅の69連勝を誇る戦前のナショナルヒーロー。日本の敗戦とリンクするように昭和20年に引退。時津風理事長として部屋別総当たりなどの改革に着手した。
23 佐田の山晋松 (50代・昭和40年 3月~昭和43年3月) 88 大鵬と一番多く優勝をかけて戦ったが、善戦しながらも5勝27敗。もう少し勝っていれば2ケタ優勝も夢ではなかった。引退後は境川親方として理事長に就任。
24 日馬富士公平 (70代・平成24年11月~ ) 86 31場所ぶりに誕生した第70代横綱。外国人として5人目、モンゴル人としては3人目。白鵬より一場所早く踏んだ初土俵から70場所かけての昇進。
25 朝潮太郎3代 (46代・昭和34年 5月~昭和37年 1月) 67 優勝5回のうち4回が春場所のため“大阪太郎"の異名を持つ。引退後は高砂部屋を継承し、高見山や小錦を育てた。

※表記は横綱在位時の四股名、同位は代順(代・新横綱となった場所~最終場所)
※当館の索引は週刊誌、女性誌、総合月刊誌など約400誌から作成。

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外国出身力士 人名索引ランキング

2012年9月調査

順位 人物名(出身国) 件数
1 朝青龍明徳(モンゴル) 1,173
2 曙太郎(アメリカ) 828
3 小錦八十吉(アメリカ) 824
4 白鵬翔(モンゴル) 381
5 高見山大五郎(アメリカ) 325
6 武蔵丸光洋(アメリカ) 184
7 旭鷲山昇(モンゴル) 152
8 琴欧洲勝紀(ブルガリア) 146
9 把瑠都凱斗(エストニア) 118
10 日馬富士公平(モンゴル) 86
黒海太(グルジア) 34
旭天鵬勝(モンゴル) 32
鶴竜力三郎(モンゴル) 21
隆の山俊太郎(チェコ) 13
朝赤龍太郎(モンゴル) 12
栃ノ心剛(グルジア) 10
時天空慶晃(モンゴル) 10
阿覧欧虎(ロシア) 9
碧山亘右(ブルガリア) 5
臥牙丸勝(グルジア) 5
魁聖一郎(ブラジル) 4
翔天狼大士(モンゴル) 4
荒鷲毅(モンゴル) 4
玉鷲一朗(モンゴル) 3
貴ノ岩義司(モンゴル) 1
鬼嵐力(モンゴル) 1

※現役時の四股名で表記、10位以下は現役幕内力士のみランキング

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