大宅壮一の本 ⑧社会診断の50年

書誌情報

昭和42年  6月10日発行(1967)
著作者 大宅壮一
発行者 村上政之
印刷所 大日本印刷
発行所 サンケイ新聞出版局
11.7cm×18.1cm、本文340頁

 
目次

著者の言葉

「無思想人」宣言

“一億総評論家”時代

“一億総白痴化”命名始末記
  刺激の“唯量主義”
  レッテルは自分で歩く
  大衆はマスコミに復讐する

大切なのは国民の生活だ
  民族の誇りを捨てても
  日系部隊が示した忠誠

建国記念日問題と私
  “紀元節”がほしい人々
  審議会“決定”への不安

日本人民共和国の可能性
  革命の旗の色は何色でもよい
  日本の革命はオポチュニズム
  日本人は誰にでも賛成するか
  投機的革命と気候観測者群

社会党構造改革論
  “革命”とどう違うか
  宿命的な二重性格政党
  改革の青写真はあるのか
  残る革命へのあこがれ
  “平和憲法”を絶対護る
  “民主”という御詠歌

政治の“悲劇”と“喜劇”
  絶望感を深める潤滑油
  誘惑にもろい労働出身

“第二夫人”論争
  いつも外国が“旦那”だ
  ややこしい本家・妾宅

政治家の秘書
  雇い主の責任なのだが
  立身出世の最短コース

株主“徳球”

週刊誌は“白バイ”である

雑音の勝利

日本占領をめぐる十二の大きな失敗
  占領に失敗はつきもの
  禍はどこに?
  買いかぶりすぎたブラック・ドラゴン
  アチソンとマッカーサー
  パージの不明瞭さ
  すすみすぎた労働法
  革命にすぎた農地改革
  つねに権力の座にすわる官僚
  六三制の失敗
  買いかぶられた日本国民
  通弁政治の弊害
  学生層に多い反米思想
  イールズの失敗

アメリカ処罰案
  かわりやすい言動
  灸をすえるの気概
  もっと大きな朝が来る
  友軍作家の卓見
  勇敢な板垣女史
  貴重な文献

毛沢東とスカルノ
  落ちめには弱い使命感
  日本人にも責任がある
  文化大革命も東洋心理

ガンサーとサルトル
  二つの文明の型を代表
  ホンモノの知識人とは

告訴ブームについて
  初めは“怪文書”の形を
  疑惑を深める取り下げ

サラリーマンの六三制
  五年ごとに能力テスト
  社内浪人はやりきれぬ

職業創作論

電子計算機、視聴率、入学率
  ノイローゼを作る調査
  投資の対象になる子供
  高校だけが採用しても

現代教育五つの迷信

子供はマンガで溺死する
  子供の文化はオヤツばかり
  軍拡のような別冊競争
  肉体がモノいう編集者
  双生児のホープ“赤鬼”“青鬼”
  漫画界の“阪僑”手塚治虫
  “新人”という名の“少年工”
  ブームに乗った武内“鈴之助”
  盲点はここだけではない

大学、大学生および大学教授
  名産品なみの“アゲ底”
  “タレント教授”の悩み

大学の顔役 慶応の巻
  新しい形の豊臣秀吉
  「先生」は福沢個人の独占
  「日本一の大金持になります」
  武芸がきらい
  一種のかつぎ屋
  デパートを支配する三田経済人
  評論家型の政治家
  紳士型のマスコミ人
  学界の代表的二枚目
  横町の御隠居
  ドラ息子の荒かせぎ
  変り種ナンバーワン
  金は剣より強し

東大学長を論ず

日本の孤島「常磐会」
  二つの流れ
  言語と特権
  理事会の人たち

チャンバラ映画の総本山 京都
  日本のハリウッド生る
  活動写真渡来
  一ヵ年百本の映画をつくる
  映画人の迷信
  東映は大陸色
  フィルムをおむつにして育つ
  映画生活四十八年の男
  映画界の神話時代
  スター今昔ばなし
  映画予備校
  ロケ地のお寺のアルバイト

江東楽天地 東京断面
  興行植民地の開拓
  増資につぐ増資
  デパート招致運動
  コンサートに五万人
  欲望の大衆市場

モダン層とモダン相
  モダン層
  モダン相

政治の縮図「日本体育協会」
  絶えざる対立抗争
  新旧スタッフの分析
  八千六百万円の行方

ぬりかえられるオリンピック地図

売春防止法
  竜頭蛇尾の売春防止法
  売春法の二つのねらい
  更生施設は見学者用だ
  売春にも進歩がある

売春制度復活論について
  PTA的な考えへの反発
  憲法を改正しない限りは

ワイセツ物か芸術か
  判断は時の常識
  モデル問題は創作力の衰退

飲酒免許証制度を提唱する

大宅壮一の本 ⑦女の盲点と美点

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